想像力の限界を求めて

「備える」ということができる大人になりたい。

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備える、ということができるオトナになりたい。

朝突然の豪雨に見舞われ、会社に着く頃にはもうビショビショ状態…

こんな時、着替えがあれば…

緊急時に備えることが出来る大人になりたい。

 

ワタシは昔から極度の不安症です。

まだ起こってもいないことに対して脅え、想像しては不安になり、何かと将来に対して臆病になります。

しかしかといって何か対策を講じるほど大人にもなれていないのが現状です。

ここはそろそろ備えの出来る大人を目指そうと思います。

とは言え

普段ワタシは電車通勤をしていますが、会社に着くまでの道のりにジャングルがそびえているわけでもないし、秘境を越えて通勤しているわけでもありません。

いたって都会。

携帯の電波が入らないポイントもありません。

巨大な岩が突然落ちてきて追いかけられるなんてこともありません。

だから余裕で音楽聴きながら小説読んで通勤しちゃいます。

これがもっとサバイバーな感じだったら呑気に音楽なんて聴いてられないし、小説の世界に没頭することなんてもってのほかです。

でもこの生活に甘えてしまっているのが現状です。これでは危機感なんてどんどん希薄になっていくし、都会人として軟弱になってしまいます。

 

まずは危機的な状況を想定することから。

はっきり言って安全なんですよね。今のワタシを取り巻く社会・環境は。

だから日に日に危機感が薄れていきます。

こういう平和な時に「備える」ことがいかに難しいか…

例えば会社に予備の着替えを置いておくとか、スニーカーも置いておくとか

スマホのバッテリー

絆創膏

…とりあえず考えられる備えをしてみましたが、、あまり実感が湧いてこない。

きっと装備じゃないんですよね。

備えって

心構えというか。

精神の問題なのだと思います。

 

危機的な状況を常に想定している人間には隙がありません。そう、ゴルゴのように。



 

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