人はなぜ、作り続けるのか?創造性について想いを巡らす。

2016-07-11

なぜ人は、作るのか?

僕らの創造性が尽きるまで、アウトプットの意味を考える。

破壊と創造。

人類の歴史はまさにこの一連の流れの積み重ね。

 

壊しては造り、失っては創る。人類の創造性について考える。

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ある人は音楽を作り

またある人は絵を描く。

詩を詠む人もいれば物語を作る人もいる。

何も崇高な芸術だけが創造ではないけれど、人類の歴史、文化を端的に言えば芸術活動はその最たるものでしょう。

しかし、我々人間は芸術活動だけをしてきたわけではありません。

川を作り、道路を作り、街を作り

自然をある程度コントロールできるほどの技術を駆使して日々の営みを作り出してきました。

橋を作り、乗り物を作り

そして人を殺す武器を作り。

作っては壊す、これを繰り返しながら人はここまでやって進化してきました。同種間での殺戮や、欲望を煽るだけの情報網の発達を進化と呼べば、ですが。

壊れ、失ったから作るのか。

それとも作ったから壊すのか。

もはやその問いに正解はありません。

結果として人は作り続けてきたし、壊し続けてきたのだから。

人類の歴史やこの世界という超スケールで物事を考えると、ワタシの毎日の営みなんてゼロに等しいものです。

一個人の些細な行動なんて、世界と対比させたら何も見えないようなものです。

でも、その世界は全ての個から成り立っています。

何もテレビの向こうの芸能人や政治家だけがこの世界を象っているのではありません。

象徴しているということはあるでしょうし、影響力という意味ではまったく同じではないですが。

人が生きた証としてのアウトプット。

特別な活動だけが創造ではないと思います。

子育てや家事だって立派なクリエイションだと思うし人間の生活や行動はすべて創造性を帯びていると思います。

そうやって、1人1人の生きた証が今の世界を築いてきたと思うとちょっと心が穏やかになります。

ワタシはこうして朝も暗いうちからひっそりと音楽を作り、日々の営みを記録・発信するためにブログを書いています。

暗くて小さな場所からこそこそと作り続けています。

ワタシが作ったモノ、作り損ねたモノもいつかこの世界の肥やしになるかと考えると自分の生やこれからやってくる死もまた無駄ではなかったのかなと思えるのではないでしょうか。

脈々と受け継がれていく人類の創造性。

今日は少し観念的な感じです。


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