『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』を2025年に観直す|未来予測のズレと40代の視点
好きな映画や観ていろいろと思うところがあったレビュー記事を結構書いてきましたが、ザ・定番的な作品はこれまで取り上げて来なかったんです。
過去のレビュー記事はここにまとまってます。
手放しで面白い作品っていうのは自分が感想を述べるまでもないかなっていう気持ちもありまして。
ただやっぱり誰が観ても「面白い作品」というのがあるわけで。
これまでは若気の至りというか、自分はこういう難解な作品が好きなんです、みたいな「通ぶって」みたい雰囲気があったのも事実。
だけれど歳を取っていろいろと経験を積んできて
自分の子どもに勧める作品って何かな?って考えたときにやっぱり永遠の定番みたいな作品が出てくるわけで。
やっぱり最高だよ。ドクとマーティ。
ということで『バック・トゥ・ザ・フューチャー 』を久しぶりに鑑賞しました。
ただ、感想を書くのも芸がないのでせっかくなら大人になって観て感じた、当時の未来への憧れ、来なかった未来について想いを馳せてみようと思います。なので今回はPART2のレビューを軸に進めていきます。
40代の現在地|『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』を2025年に観直すと見えてくる未来のズレ
はじめに あらすじと情報
1989年公開の映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』は、マーティとドクが2015年の未来へタイムスリップする物語です。ホバーボードや空飛ぶ車、自己乾燥するジャケットなど、当時の観客をワクワクさせた未来像が次々と描かれました。
あれから30年以上。
2025年の今あらためて観直すと、「叶わなかった未来」と「意外と当たっていた未来」の両方が見えてきます。
1. 空飛ぶ車は来なかったけれど
映画で象徴的に描かれたのは「空飛ぶ車」や「ホバーボード」。
けれど実際には、2025年の街にはそんな光景はありません。大きな技術革新よりも、私たちの生活を変えたのはスマートフォンやウェアラブルのような“手元の小さな機械”でした。
通知一つで行動が変わる、地図アプリ一つで知らない街を歩ける。派手さはないけれど、確実に日常を更新するテクノロジー。これは映画では描ききれなかったリアルな未来の形です。
万博でも肩透かしでしたしね。やっぱりテクノロジーは人々の生活に浸透してこそ発展速度も上がっていくんですかね。
2. 当たっていた未来もある
とはいえ『BTTF2』の未来予測はまったく外れたわけではありません。
例えばテレビ会議や指紋認証、デジタル支払い。これらは今では当たり前になりました。
子どもの頃に観たときは“夢の道具”だったのに、いまや仕事も暮らしもそれなしでは回らない。未来は派手なガジェットではなく、静かに生活に溶け込む技術として現れたのです。
先ほどもあげましたが、やはりこれがポイントですね。
3. 90年代から持ち越したもの
一方で、どれだけ技術が進んでも変わらなかった習慣もあります。
それは「自分の生活を整える小さなルール」です。
・スケジュール帳に手で書く → 今はアプリに変わっても、“書き出して整理する”感覚は同じ。
・週末に部屋を片づける → 情報整理も掃除も「溜めない仕組み」は今も有効。
・アイデアを形に残す → 昔はノート、今はSNSやブログ。道具が変わっても“残す”こと自体は続いている。
結局のところ、テクノロジーは習慣を補強する道具にすぎません。90年代から持ち越した小さな習慣が、むしろ情報過多の2025年を生き抜くフィルターになっています。
4. 未来は大げさじゃなくていい
映画が描いたような劇的な未来は訪れなかった。
けれど、静かに効く習慣や道具の積み重ねが、私たちの生活を確かに変えてきました。
『BTTF2』を40代のいま観直して感じるのは
「未来は大げさじゃなくていい」ということ。
空を飛ばなくても、十分に豊かな毎日を自分で作れる。その余白こそが、今の時代の面白さです。
終わりに感想まとめ:40代がかつて描いた未来は来なかったけど、それで良いんだと認識させてもらえた。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』は、未来を外した映画として笑うよりも、むしろ「人は何を変え、何を変えないか」を映す作品だったと気づかされました。
あの日スクリーンで観た未来は来なかったけれど、手元には別の未来がある。
スマホ、スマートウォッチに支えられ、他人とのコミュニケーションもガジェットを介す未来を想像してましたか?ちょっぴり寂しくもあり。
空飛ぶクルマや宙に浮くスケボーなんかに想いを馳せていた時代が懐かしい。
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