衝撃の読み応え。小説『決壊』の感想《ネタバレ注意》
抉られた。
まさに、そんな言葉がしっくりきます。
ワタシにとって初の平野啓一郎作品。
読み終えた時のこの余波、余韻が今もまだ身体の中に残っているような感じがします。
さあ、この余韻が消えぬうちにこの問題作品を語っていきます。
『決壊』平野啓一郎 しばらくこの衝撃は抜けないぞ。
もっと早く読みたかったと思う気持ちと、読まなきゃ良かったと思う気持ちが半々。そんな不思議な読了感があります。
命を奪われる側、奪う側の家族たちがみなそれぞれ過酷な運命に翻弄されていく様を描いた群像劇。
特にこれまであまりスポットの当たることがなかった遺族の家族、そして加害者の家族がどちらも深い絶望を味わう姿は読んでいて辛いものがありました。
まずは簡単にあらすじを。
あらすじ
地方都市で妻子と平凡な暮らしを送るサラリーマン沢野良介は、東京に住むエリート公務員の兄・崇と、自分の人生への違和感をネットの匿名日記に残していた。一方、いじめに苦しむ中学生・北崎友哉は、殺人の夢想を孤独に膨らませていた。ある日、良介は忽然と姿を消した。無関係だった二つの人生に、何かが起こっている。許されぬ罪を巡り息づまる物語が幕を開く。衝撃の長編小説。
現代社会の闇はネットの狭間に広がっていた?!
この物語において重要な使われ方をしているのが【インターネット】。しかも敢えて舞台をそこまでネットが普及していない2002年に設定したのはすごい絶妙だと思います。
今の我々のように、みんなスマホを持っているのが当たり前で、いつでもどこでもネットに繋がれるな環境ではなくて、むしろネットは社会においてまだまだ【闇】の部分が多い世界とされていた時代です。
その当時は今のように個人ブログは普及していなくて、本当に好きな人が興味のある掲示板を通して交流するような世界でした。
この闇の中で必死に自分の心の叫びを綴っていた良介。「すぅのつぶやき」という部屋を開設しそこで毎晩日記を書いていた彼はある日偶然その存在を妻に知られてしまいます。
妻佳枝もその場ですぐに会話がてら言及すれば良かったのに、その日記に書かれている【本心】を読み自分以外の人に本音で語る夫に対して悩んでしまいます。
この微妙なすれ違いを埋めようと、妻は隠れてすぅのつぶやきに返信します。
こうして匿名を装って良介とフランクに語り合うといういびつな夫婦の関係が生まれました。
やがてこの「すぅのつぶやき」というネット掲示板がきっかけで「悪魔」に見出されてしまうことになります。
場面は変わり、ちょっとしたことですぐキレてしまう中学生・北崎友哉。
彼も日頃の鬱積した想いを「孤独な殺人者」というページに書き込んでいました。
日常ではパッとしないけど実は俺は…という典型的な厨二的思考回路ですが、気になる同級生の彼氏とのいちゃいちゃ写メをこっそり盗み、そしてネット掲示板にばら撒くという悪どいことも平気で行なったり、からかわれたら熊手で攻撃するなど、思考だけでなくかなりヤバイ中学生。
この彼もまたネット掲示板によって「悪魔」にリクルートされてしまうのです。
こうして当時社会の闇と言われたインターネットの掲示板が、この物語の絶望を起動させる役割を果たします。
ありきたりの平和な群像が突如地獄に突き落とされて。
この作品の何がこんなに堪えるかと言うと、どこにでもあるような家族が突然事件に巻き込まれ、文字通り地獄に突き落とされてしまうことです。
これが本当にキツかった…
特に残された家族たちを襲う絶望の連続は読んでて辛いものがありました。
『決壊』は被害者家族のみならず加害者家族をもきちんと描くので、下巻は読んでて本当に辛いものがあります。
当たり前だと思っている日常はいとも簡単に壊れ、そして一度壊れ始めるととことん止まらないこの様子がとてもリアルです。
投げかける問題点と敢えて機能しない主人公
インターネットにしか本音を言えない世界
無責任にばら撒かれる悪意
煽動されてしまう一般大衆…被害者、加害者の権利
そして命の重たさ
この作品が読む者に投げかける問題はとても多いです。そしてその問題に直面する主人公の立ち位置がとても不安定になります。
主人公崇は頭脳明晰、容姿端麗。絵に描いたようなヒーロー像を持って中身がまるでありません。
だから単純にこの主人公が犯人を追い詰めるとか見せ場は何もありません。
ただ、賢すぎるので自分には何もないことを知っていて、だから独り悩みまくるだけです。
あまりにも機能しないから実は真犯人説?が最後の最後までつきまといます。これが作者の狙いなのかどうかは分かりませんが、個人的にはこの崇が難しい言葉で喋れば喋るほどより存在は希薄になり、物語の進行はそこだけ非常にゆったりとしたものになります。
絶望的速度で壊滅していく家族たちを尻目に最後まで難しい言葉を羅列し、難しい思考に溺れている崇。
彼は語ることでより空虚になっていきます。
ここからはネタバレ注意ですが、
結局崇はこの物語において何かアクションを促す存在ではありませんでした。ただこれは冒頭から彼の家族ですら不気味がるくらいの謎の存在としてでしかなく、弟良介を救うことも出来なければ付き合っている彼女たちを幸せにすることもない。
これは物語のテーマの中にある【赦し】を客観的に写し出すために設置されたモニターのようなものです。
被害者家族でありながら容疑者として逮捕されてしまう崇。そうまでされても感情を出さず、ただ難しい思考を難しい言葉で語り悩む崇。
時に読者をも惑わす崇。
加害者家族はどう赦されるべきなのか?
被害者家族たちはどう許すべきなのか?
重たい投げかけを被害者でありながら加害者側の価値観をも許容する空虚な崇。
この物語を崇という人間像を通して読むからこそ、社会の闇だったり、矛盾だったりを感じることが出来るのでしょう。
これが分かりやすいヒーローだったら、きっとここまで悩ませてはくれないでしょう。
ただ、強いて言えば
崇なんていうスーパーエリートを混在させずに、どこにでもある家族のどこにでも起こり得る絶望にだけ焦点を当てて描くことでもこのテーマは面白かったかもなとこっそりと思っています。
やはり崇の語りはちょっとシュール過ぎるかなと。。
しかし久しぶりにガツンときました。
素晴らしい小説です。
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