吉村萬壱『臣女』の感想。ある日妻が巨大化したら‥?《ネタバレ注意》

2017-11-17

相変わらずなんとも嫌な臭いが漂ってきそうな独特の世界観。

だけど読む手を止められない、読者を引き込む力強さ。

ええ、今回も吉村萬壱作品のレビューです。

大好きな作家・吉村萬壱さん。

そのちょっと変態臭漂う世界観は読む人にとっては熱烈な虜となることでしょう。

好き嫌いがはっきり分かれるところですが。

今日はそんな吉村萬壱作品の中でも『臣女』という不思議な物語です。

過去記事

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吉村萬壱『臣女』レビュー《ネタバレ注意》

吉村作品の特徴はとにかく退廃的で陰湿で変態的でグロテスクで、、そして並みの想像力では追いつかないほど圧倒的な力強さを持つ景色を描き上げます。

しかもそのどれもが過剰なまでにしっかりと表現されるもんだから場面によっては陰湿過ぎるし、暴力的過ぎるし…なんだか文学的だし…ほんと好き嫌いがはっきり分かれる作風です。

さて、今回紹介する『臣女』はどうでしょうか?

あらすじ

夫の浮気を知った妻は身体が巨大化していった。絶望感と罪悪感に苛まれながら、夫は異形のものと化して行く妻を世間の目から隠して懸命に介護する。しかし、大量の食糧を必要とし、大量の排泄を続ける妻の存在はいつしか隠しきれなくなり、夫はひとつの決断を迫られることに - 。恋愛小説に風穴を空ける作品との評を得、満票にて第22回島清恋愛文学賞を受賞した怪作が待望の文庫化! (徳間文庫)

 

臣女の見どころ、贖罪と奉仕と生きることの意味。

ある日を境に妻が巨大化してゆく…一体こりゃ何の話だろうかと戸惑うのも束の間。

巨大化し異形化してゆく妻の介護に明け暮れるだけのこの物語に、いつしか心奪われ先へ先へと読み進めてしまうワタシ。

大量に食べては排泄を繰り返し、あまりの強烈な臭気を撒き散らしながら奮闘する介護の記録になぜこんなにも心を鷲掴みにされてしまったのか?

『臣女』の魅力、見どころを語っていきます。

まずは何と言っても壮絶過ぎる介護のディテール。

日増しに大きくなっていく妻、しかもその巨大化には規則性はなく痛みを伴って暴れたり、片側だけが歪んだり瘤が出てきたり…とにかく今回もまたグロテスクな描写を接写してくれるわけです。

映像化は難しいでしょうね。。

ちょっと挑戦してみたい気持ちもあるけど…

妻・奈緒美に対して後ろめたさのある主人公はとにかくこの理不尽極まりない状況に身を置いてなお、休むことなく妻の介護に明け暮れるのです。

巨大化し、寄生虫が蠢く妻の身体を洗い、食事の世話をし、そして排泄の処理をする。

大きく変化する身体と共に、妻は妻らしさを失い会話することも意思の疎通をすることが難しいことも増えてきます。

日に日に睡眠時間は削られ、仕事も手につかなくなるも介護を止めることはありません。

大量の排泄物により、近所では異臭騒動が問題となりいよいよ巨大化した妻の存在が明るみに出るかの瀬戸際においても、彼は決して妻の世話をさぼりません。

この壮絶な介護の記録が、この作品の全てであり、ここに人間が生きることは何か?という問いかけすら一緒に記されているような気がします。

意味不明な状況でもめげない主人公。

これは決して妻に対する贖罪からくるものではないことがドラマの中で浮かび上がります。

結局浮気相手との肉欲の記憶にすがり、そのことを考え文字にして副業するタフさ。さらには巨大化する妻を持つことすら自身の作品のネタにしようと捉える前向きさ。

身体に染み付いた臭気がいよいよ日常生活に侵食し、職場環境は最悪なのに教師という仕事を続ける鉄の心。

嫌味しか言わない母、ズカズカと干渉してくる近所の老人たちと職場の同僚、思い出補正で神格化してきた浮気相手、誰も彼もが主人公を助けてあげないこの絶望的な状況で、一心不乱に介護する主人公の姿…

見どころはこの献身的なまでの【愛】ではないでしょうか?

愛なんだよ、やっぱり。

そうなんです。摩訶不思議な物語に文学的なリアリズムを投入し、その生臭さをムンムンに撒き散らしたこの作品に流れる熱いものの正体は【愛】なんです。

しかも美しい男女のお約束恋愛物にあるようなきれいに形どられたもんじゃないんです。

恋愛の果てにたどり着いた愛でもないんです。

ただ、生きていくこと。

伴侶と一緒に茨の道を生きていくこと。

主人公は盲信的に妻の世話をし、一緒に生きていく決意をどんどんと強めていきます。

奇跡的に美しい姿になった妻と一晩限りの交わり。

そしてその後のお茶を淹れてもらうシーン。

海で身体を伸ばし生命力に溢れる姿

もはや言葉もギリギリな状態の妻を懸命に守りそれまでの自分の生活すべてを捨て去るシーン

直接愛だの感情を吐露することはないけど、数々の名場面が愛をこれ以上ないってくらい伝えています。

でぃすけのつぶやき

高齢化社会が問題となっているここ日本において、介護は避けて通れない問題として存在しています。

ワタシは幸いまだ両親どちらも健康なのでその問題に直面してはいません。

しかしそれは確実に来るのです。

人は必ず死を迎えるように、その死を受け入れるために身体は徐々に衰え自由が効かなくなり、やがて自分の意思、感情、魂さえもが古びたカセットテープのようにすり切れていきます。

愛する人も、自分も必ずそうなり、誰かに世話をして貰わなければ生活を送ることが困難になります。

何も老後とは限りません。

突然事故や事件に巻き込まれ、自分の身体をうまく操れなくなるかもしれません。

愛する人が目の前で日に日に別の何かになりつつある、それを見届ける辛さというのがどんなに残酷なことか?

ただ生きていくということが、こんなにも残酷なことか?

この主人公のように暴力的なまでに理不尽な日常を押し付けられ、盲信的に伴侶と生きていくしかないという状況。時にコミカルで、やるせない感情を押し殺し、ただ毎日を生きていくだけのことなのに、そこに愛を見出してしまうのはこれ仕方ない。

生きていくことって、食べて排泄することなんだって

そんなシンプルで当たり前のことを異形な妻の介護という体験であぶりだした吉村作品、相変わらずワタシの期待を裏切りませんね。

 


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