つくることの意味。娘4歳の創造力に驚かされて。

family, works, kids

人は創る。

そうやってここまでやってきた。
だが…

 
作ることの意味 
 

創造するという力はとても強く儚い

 
娘(4才と9カ月)は幼稚園も年中さんになり、それはもう毎日大騒ぎに活動中です。
 
そして毎日すごい勢いで何かを創ってくれます。
 
折り紙や広告チラシの裏を使い、独特のタッチのドローイングや星やハートなどに折ってくれた手紙(中に手書きのメッセージ付き)など、その創造力は尽きることなく日々作品が生まれ、増え続けています。
 
小さなワタシの作業スペースにも、スケッチ入りの手紙が毎日届けられます。
 
鏡文字で
 

もうすぐ10年⁈構想段階中の作業

 
ワタシも人のことは言えず、毎日朝早くに起きてはチクチク作ったりしているのですが娘のように完成したことはありません。
 
結婚してすぐに着手したテーマの物が1番古くて、そこから更に2つほど異なるコンセプトで作業を始めました。
 
 
(今年の5月の段階での記事ですが、今も状況はさほど変わらず、同時進行でチクチクと作業中です。)
 
しかしそのどれもがまだ
 
構想段階
 
とりかかった期間だけで言えばブラームスに引けを取らないほどに。
 
 
(ワタシの尊敬するブラームスについて以前書いたことがあるので、よろしければそちらもどうぞ。)
 
disk-work-note2
 
もういい加減止めるか、妥協点を見出して仕上げれば良いのにと思うのですが、それは何故かしませんでした。
 
そう、創るという力が無意識のうちに強い力となり、ワタシを動かしていたのかもしれません。
 

アウトプットの精度を高める 

 
不思議なもので
若かりし頃は今の娘のように多作でした。
 
次から次へと書いて書いて
スケッチの量も多かったですし、自分で仮歌とか録音するほどのエネルギーがありました。
 
今でもたまにiPodのシャッフルで仮歌が流れますが
 
 
死ぬほど恥ずかしい、思いをします。
 
 
若い頃はただその衝動に身を任せ、経験を積んでやっと自分の本当に創りたいモノが見えてくるのでしょうか。
 
強いて言えば、アウトプットの精度を高めるとでも言いましょうか。
 
 
娘よ、たくさん作れ。
 
そしてワタシよ
 
もっと集中しろ。