賛否両論!?DIR EN GREYの新譜『MORTAL DOWNER』をレビューする。

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3年10ヶ月という長い沈黙を破り、ついにそのベールを脱いだ**DIR EN GREYの12thアルバム『MORTAL DOWNER』

「死すべき存在(Mortal)」が抱える「沈み込み(Downer)」をそのまま冠した本作は、リリース直後からSNS上で「激鬱」「キャッチャーな曲がない」「救いがない」といった戸惑いの声、あるいは事務所が「ある意味、面目躍如」とコメントするほどの異例な評価に包まれています 。

しかし、これまで映画やアートのレビューを通じて「不快さの正体」や「秘められた儀式の意味」を考察してきた本ブログ「RE:40」の視点から言えば、本作は

DIR EN GREYが到達した最高に「誠実」な芸術の形

であると断言します。

今回は、この賛否両論を巻き起こす衝撃作を、肯定的な「感性の整え」として読み解いていきます。

mortaldowner review

DIR EN GREY新譜『MORTAL DOWNER』は「引き算の美学」の極致。なぜ彼らはメロディを「削ぎ落とした」のかを考える。

本作を一聴して驚かされるのは、過去の「朔-saku-」や「激しさと、この胸の中で絡み付いた灼熱の闇」のような、劇的でスピード感のある「キラーチューン」がほぼ見当たらないことです。

アルバムの大半を支配するのは、重厚なミドルテンポと、執拗なまでに繰り返される低音のうねりです。

Toshiya(B)がインタビューで「どんどん音を削ぎ落とし、アレンジに関しても過剰な要素を付け加えない、引き算の美学を追求した」と語る通り、そこにあるのは隙間のない音壁ではなく、「余白」を恐れない堂々たる風格です 。

過剰な演出を捨て、情報の開示を抑圧することで生まれるこの禍々しい空気感。

それは、NeurosisやISIS、あるいはAlice In Chainsを彷彿とさせる、ある種の「悟り」に近い重圧感です 。

彼らは、安易な盛り上がりでリスナーを「楽しませる」ことよりも、「今の5人が出したい音」を研ぎ澄ますことを選んだということでしょう。

「生・破壊・絶望」の循環。救いがないことの誠実さ

本作の核となるキーワードは

「生(Living)」「破壊(Destruction)」「絶望(Despair)」

この3つです。

特筆すべきは、1曲目「ISOLATION(孤立)」から始まり、14曲目「no end(終わりなき状態)」で幕を閉じるというアルバムの構造そのものです。

多くの音楽作品が、絶望から希望への脱出を描こうとする中、本作はその循環の中に留まり続けることを提示します。

「蜿蜒」で見せる、生者と死者が決して交わらない無常さ。

「MOBS」で淡々と紡がれる、脱構築的なまでの禍々しさ。

「The Devil In Me」に象徴される感情を爆発させきらない抑制された緊張感。かつてのDIRだったらサビでこれでもかとメロディアスに仕上げていましたが、この緊張感。

これらは聴き手を安易に慰めるための音楽ではありません。

むしろ「生きるから壊れ、壊れるから絶望し、それでも生が続いてしまう」という、2026年を生きる私たちが直視を避けている「現実」そのものを鳴らしているのです。

それでも立ち続けるための「重石(ウェイト)」として

一部のファンからは「京が疲れているように聞こえる」といった声も上がっています 。

しかし、それは「衰え」ではなく、死の淵を覗き込み、なおも此岸に留まり続ける者の「生々しいリアリティ」ではないでしょうか。

最終曲「no end」で、将来世代(君達へ)に向けて「願わくば此処を知らずに『居て』」と歌われる箇所に、私は唯一の、そして最も深い優しさを感じました 。

自分たちの救済は諦めても、次の世代への祈りは捨てない。

その姿勢こそが、本作を単なる「鬱アルバム」から「崇高な芸術」へと押し上げています。

『MORTAL DOWNER』は、日常の隙間を埋めるための BGM ではありません。

しかし、心が浮ついてしまいそうなとき、あるいは逆に底なしの淵に沈みそうなとき、このアルバムは「それでも、ここにいる」という一点を支える強固な「重石」となってくれるはずです。

この深い闇の中に、あなた自身の「真実」を見出しに行きませんか。

以前にもDIR EN GREYについてはレビューさせてもらってます。

良かったら読んでみてください。

DIRENGREYという孤高のヴィジュアルショック!