映画『渇き。』と『不思議の国のアリス』モチーフになった事件や見どころなどもまとめて解説。
愛する娘は、バケモノでした。
いやいや我が家のことではありませんよ、久しぶりに時間があったので映画鑑賞。久しぶりなんだからもう少し心が癒やされるような作品を選べば良いものを、敢えてのコレ。
そう、『渇き。』
もともと原作『果てしなき渇き』を読んでいたワタシだったので、この作品が映画化されると聞いて「いやいや無理でしょう?」と思ったのを覚えております。
とにかく映像化が難しいであろうテーマと展開。それを映画化するなんて無茶だろうと思っていたんです。しかし監督は『告白』であの陰鬱な世界観を見事に映像化した中島哲也氏。
こりゃ観るしかないわな、、ってことで早速鑑賞レビュー。
映画『渇き。』を観たので感想と考察〈ネタバレ注意〉
この作品を観るにあたって、1つポイントになるのが先に原作を知っているか?ということになるかと思います。
読んでないからダメだよ、って話ではなくて、とりあえずこれ見て
話、分かりました?
っていうのが最初に抱いた感想。
なんとなくは分かると思うんですが、とにかく圧倒的な暴力を極端な接写アングルでスクラップし、つらつらと洪水のように溢れてくる情報量。それでいてスピーディーにドラマは進んでいく。
物語は過去と現在を切り替えながら展開していくのでぼんやり鑑賞してると置いてかれます。
ワタシも先に原作を知っていたのでかろうじて話の展開についていけましたが、これ初めて観た人は結構理解するの大変だろうなって。
今日はこの問題作を、ワタシなりに見どころ、考察を踏まえながら紹介したいと思います。
映画『渇き。』あらすじ
品行方正だった娘・加奈子(小松菜奈)が部屋に何もかもを残したまま姿を消したと元妻から聞かされ、その行方を追い掛けることにした元刑事で父親の藤島昭和(役所広司)。自身の性格や言動で家族をバラバラにした彼は、そうした過去には目もくれずに自分が思い描く家族像を取り戻そうと躍起になって娘の足取りを調べていく。交友関係や行動を丹念にたどるに従って浮き上がる、加奈子の知られざる素顔に驚きを覚える藤島。やがて、ある手掛かりをつかむが、それと同時に思わぬ事件に直面することになる。 シネマトゥデイより引用
妻の不倫相手を半殺しにし退職することになった元刑事で、どうしようもない程のクズ人間の親父が失踪した娘を探す、という大まかなストーリーの中に、失踪した娘の正体を浮かび上がらせるために主人公「ボク」の視点で語られるドラマが入り混じりながら驚愕の真実に向かって進んでいく本作。
最初の混乱はこの時間軸による作用がうまく効いているんだと思います。
まず主人公・藤島が娘を探すという現在の時間軸
そしてボクの視点で娘・加奈子の姿が描かれる3年前
これが場面場面で切り替わります。
これをちゃんと見分けてないと特に後半、混乱が生じるかと。(ただ個人的にこの混乱させる感じ、ハチャメチャになっていく感じはすごい好きでした。)
物語はどんどん災難というかトラブルに巻き込まれながら、娘の正体を暴き出すまでのドラマをかなりハードボイルドに見せつけてきます。
そこに親と子、というすごい深そうなテーマをちらつかせながら。
自分の娘のこと、ちゃんと知ってますか?って。
しかし先に言っておくとこの作品は別に親子というテーマを掘り下げるようなことはしていないし、そこに答えを用意しているわけではありません。あくまで「血」という言葉で帰結させています。
この物語、親と子を描くときにありがちの教訓めいたものでもなんでもない、ただのバケモノたちのファンタジーなのでは?と。
ではここからワタシの考察をしていきます。
映画『渇き。』を『不思議の国のアリス』と重ねて読み解く。
加奈子が「不思議の国のアリス」を愛読していることは劇中何度も登場するのですぐ分かるかと思います。むしろ不自然に露出しすぎているくらいです。
だからきっとこれが1つのメタファーなんだろうなって。ヒントなんだろうなって。
そもそも「不思議の国のアリス」はルイス・キャロルの古典的名著であり児童小説であり、今も数々の作品に影響を与え続けている人類のバイブル。以前のこのブログで徹底解剖『アイズ・ワイド・シャット』の考察の際に触れましたが。
幼い少女アリスが白ウサギを追いかけて不思議の国に迷い込み、しゃべる動物や動くトランプなどハチャメチャなファンタジーの世界で冒険をするという話。
最初ワタシは加奈子がアリスであり、このろくでもない世界に対して夢の国だからなんでもありなのだと結論を抱いたのかと思いました。
しかし黒幕というか真相という1つのゴールを担う加奈子がアリスと同じ視点を重ねるとは思えません。
アリスはボクである可能性。
ボク(原作では瀬岡)は加奈子によって酷いいじめを受けている現実から救われます。そして誘われるがままに不思議の国に足を踏み入れていきます。
薬を飲んで大きくなったり小さくなったり、大量の涙を流したり、好き勝手やりまくる連中に我慢できずに金属バット片手に家を出たり…ちょっと状況は違うもののボクが直面する不思議な世界とアリスの世界は酷似しています。
しかしながらこのボクもあっさりと物語から排除されてしまうのでこっちが鍵ではなかったことが終盤に分かります。
つまり、アリスは藤島である。
暴力的かつ生命力に溢れているとんでもない親父・藤島。
娘の失踪をきっかけに別れた妻のもとに転がりこみ、好き放題、やりたい放題。娘のことを知るためにかつての同級生たちを嗅ぎ回れば汚い言葉と暴力で疎まれる。そんなハードボイルドすぎる主人公藤島こそがアリスと同じポジションだと捉えると、この物語がうまく消化できた気がしてくるのです。
加奈子の本当の姿、それは成績優秀の優等生ではなく薬を売りさばき友達を売り男女構わず売春ルートを作り、怪しい連中、権力者たちとも繋がっていたバケモノでした。
まさになんでもありのハチャメチャな世界の住人だったのです。
ウサギは藤島がかつての理想の娘の姿であり、その後を追いかけていったら底なしの穴が広がっていたという流れ。
その穴に落っこちた藤島は血みどろになりながら這い上がろうともがくのです。これが夢じゃないことを知っているから。
「こんな俺だって夢くらいあったよ」と語りながら他人の家族をめちゃくちゃに壊し、女だろうと子供だろうと躊躇することなく暴力を振るう。気がつけば自分もまためちゃくちゃな住人の一人だったわけで。
娘のことを知るための冒険が、実は自分自身を探す旅だったというわけで。
また、ここに出てくる登場人物たちはみな殴られたり傷ついたり、泣いたり喚いたりします。
特に藤島にいたってはギトギトと不快なほど生命力に溢れています。煙草を吸い、むしゃむしゃと食べ、流血し、汗をかく。
それに対し加奈子は一切そういう演出がない。
汗1つかかずふわふわと生命力を感じさせない。
もう生きてはいないんだなっていう演出なのかな?とも。この対比は極端すぎるくらいですしね。
最後に余計な解釈かもだけど
児童小説の名著である『不思議の国のアリス』ですが、当時にしては斬新な教訓なき児童文学と言われています。
それまでの児童文学って何かしら教訓があるのですが。
本作もまたなんの教訓もないですからね。
薬はダメだよ、いじめはダメだよとかのアナウンスすら一切ないこの潔さ。
映画『渇き。』の見どころはココ。
最後にこの作品の見どころをワタシなりにまとめておきます。
かなりどぎつい作品ですが、見どころも充分にあります。
豪華俳優陣による見事な配役
なんと言っても主人公藤島を演じる役所広司さん。
ぶっ壊れてます。
あの数々のCMで築いた潔白なイメージをこの作品で見事にぶっ壊してます。本人もよくこの作品を選んだな、と思うほど。(何せ某ハウスメーカーのCMを露骨にパロってます)
しかしこうして作られた藤島像は見事なくらいハマってます。
また脇を固める人たちもみんな見事な配役です。
これまた今までのイメージとは異なる不気味さを醸し出した妻夫木聡さん。加奈子に憧れている不良娘役には二階堂ふみさん。残虐な殺し屋にオダギリジョーさん。そして驚愕のラストへと物語を導く元担任教師の中谷美紀さん。
みんな演技がうまいからこの過剰でドタバタな演出である本作に負けない存在感を放ちます。
この人なしでは本作は成立しなかったであろう加奈子役の小松菜奈さんの存在感。
天使か悪魔か?なんておきまりのフレーズもこの娘の存在感ならば決してチープになりません。むしろその通り。ほんとこのキャスティングのおかげで作品は成立したも同然でした。
実際にあった事件をモチーフにしてる?『渇き。』とプチエンジェル事件。
こんなハチャメチャな物語ですが、実は元になった事件があったと言われています。それがプチエンジェル事件です。
これは、2003年7月に東京都赤坂にあるウィークリーマンション一室で起きた、小学6年生の少女4人が誘拐・監禁された事件。なお、プチエンジェルとは犯人が経営していた児童買春デートクラブの名称ないし会社名でありますが、この事件。
発覚したのにその後の捜査によって、借りていた埼玉県久喜市のアパートから1,000本以上のビデオテープと2,000名に及ぶ顧客リストが押収された。
しかし、多くが偽名であるという発表をし捜査は打ち切り。当事件は解決をしたという体裁を見せましたが、その背後にあるとされたデートクラブ絡みの疑惑は謎のまま。
顧客の中に権力者、俗にいう偉い人たちがいたのでは?と常々噂されています。
この作品はこうした謎の組織の存在を描き、真実を隠そうとする悪い警察の存在も描いてますもんね。
でぃすけのつぶやき
やたらと落ち着きのないアングルとファンキーなサウンドで暴力的な展開を突きつけてくれば、古典的名曲とゆっくりと静かな絵を魅せてくる。
ポップでサイケなパーティーシーンは一度観たらなかなか忘れられないくらい強い印象を残すし、血みどろの銃撃戦はスタイリッシュさすら感じさせます。
…つまりは
なんでもありなんです。
そう、この世界そのもののように
美しさもあれば醜さも常につきまとうし、何かを大切に想う気持ちだって、それが一瞬で粉々に壊れることだってある。
ハチャメチャに見えてそれはワタシたちが生きているこの世界そのもの。
その世界の要素をちょっとずつ、過剰に描いていけばきっとこんなファンタジーみたいになるんだと思います。
ワタシたちは暴走した藤島の姿を通じて、不思議の国の日常を垣間見たのかもしれない。
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