映画『ラストマイル』徹底考察|アンナチュラル&MIU404とのつながり、そして“消費社会への警告”
「ラストマイル」とは物流業界の用語で、商品が消費者の手元に届く最後の区間を指します。
本作で事件が起こるのはまさにこの「ラストマイル」の現場。
物流の最後の区間が止まれば
どれだけテクノロジーが進んでも暮らしは麻痺してしまう。
ここで監督と脚本が示したのは、“便利さは無限ではない”という警鐘だと感じました。
【ネタバレ注意】映画『ラストマイル』の感想。我々の便利な生活は誰かの犠牲の上に成り立っている。
2024年公開の映画『ラストマイル』。監督は塚原あゆ子、脚本は野木亜紀子。
ドラマ『アンナチュラル』『MIU404』と同じ世界観で展開されるユニバース作品として、大きな注目を集めました。
本記事では、あらすじを振り返りつつ、ネタバレ込みで事件の動機を考察。さらに、三作品に通底するテーマを掘り下げます。
40代視点ならではの気づきも交えてご紹介します。
映画『ラストマイル』基本情報
- 公開:2024年
- 監督:塚原あゆ子
- 脚本:野木亜紀子
- 出演:満島ひかり、岡田将生、阿部サダヲ ほか
- 世界観:『アンナチュラル』『MIU404』と同一ユニバース
映画『ラストマイル』のあらすじ
ブラックフライデー当日。大手ECの物流センターで爆発事件が発生し、配送は完全にストップ。日本中に混乱が広がります。
事件の背後にいたのは、物流会社で働く人々。過酷な労働環境と監視体制、そして際限ない消費社会の圧力に追い詰められ、「ブラックフライデーそのものを止める」という暴挙に出ました。
つまりこれはテロではなく“悲鳴”。
「便利を支える人間が壊れている」ことを示すための、絶望的な行動だったのです。
『ラストマイル』4つの視点で考察
考察①:なぜ物流を止めるしかなかったのか
劇中で描かれる労働環境は、長時間労働・低賃金・監視社会。
「ラストマイル」という言葉が意味する“最後の区間”は、消費社会の犠牲者が最前線に立たされる場所でもありました。
便利さの裏にある搾取を暴くためには、物流を“止める”しかなかった。
犯人たちの動機は倫理的には許されませんが、構造的な問題を直視させる説得力を持っていました。
考察②:アンナチュラルとのつながり
『アンナチュラル』では「不自然な死=社会の歪み」がテーマでした。
『ラストマイル』では「不自然な消費=社会の歪み」が描かれます。
- アンナチュラル:死体解剖を通じて“個人の尊厳”を問い直す
- ラストマイル:物流停止を通じて“社会全体の依存”を問い直す
両作品の共通点は、「日常の裏にある見えない犠牲」に光を当てる点です。
ファンとしては、UDIラボのメンバーがニュース映像に映り込むだけで鳥肌が立つほど。世界観の地続き感が作品をさらに広げています。
考察③:MIU404とのつながり
『MIU404』では、一見小さな事件が社会の構造に結びついていく様が描かれました。
『ラストマイル』でも同様に、物流爆破事件は単なる犯罪ではなく「社会への問い」になっています。
また、MIUの刑事たちが一瞬でも関わるだけで、「あの人たちがこの事件を捜査しているのか」と想像が広がる。
ユニバースの妙は、登場人物の物語を越えて“社会全体の物語”を紡ぐことにあります。
考察④:三部作が描く社会批評
野木亜紀子×塚原あゆ子の三作を並べると、見えてくるものがあります。
- 『アンナチュラル』=“死”を通して社会を見直す
- 『MIU404』=“犯罪”を通して社会を見直す
- 『ラストマイル』=“消費”を通して社会を見直す
つまりこれは、現代日本の三大テーマ「死・犯罪・消費」への三部作的アプローチなのです。
40代目線で言えば、この三作は「子どもに残す社会」をどう考えるかに直結する。
単なるエンタメを超えて、現実を生きる私たちへの宿題になっていると感じました。
映画『ラストマイル』は、
- ブラックフライデー爆破事件を通して「便利さの代償」を描く
- 犯人像を“社会の歪み”として提示
- 『アンナチュラル』『MIU404』とつながるユニバースの中で意味が深まる
という、社会派エンタメの到達点。
「安くて早い」に慣れ切った私たちが、改めて“消費の裏側”を見直すきっかけになる一作。40代の自分としては、子どもたちにもこういうことをしっかり伝えなきゃなーと思いました。










