時計じかけのオレンジ、原作に込められた真意とは?幻のエンディングから読み解きます。

時計じかけのオレンジの原作を久しぶりに読みました。

暴力に暴力をかけてアートで割ったようなあの名作映画『時計じかけのオレンジ』。名匠キューブリック監督の才能が爆裂した映画ですが実は終わり方で一悶着あったのです。

今日はこの名作を原作小説の視点から読み解いていきましょう。もちろん焦点はエンディングですからネタバレ注意です。※もうかなり古い名作ですから今さらネタバレも何もないかもですが…

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時計じかけのオレンジ、原作に込められた真意とは?

『時計じかけのオレンジ』は、1962年発表のイギリスの小説家アンソニー・バージェスによるディストピア小説、又はそれを原作にし1971年に公開された映画。スタンリー・キューブリックにより映画化された。 ウィキペディア

今でも十分過激な映像世界が広がっていますが、公開当時はそれこそ大事件。実際この映画の影響を受けて殺人事件まで起きています。

年齢指定などの対策を講じたりキューブリック監督に抗議が殺到したりとすったもんだがあり、こうしてちゃんと映像作品と評価されるまではたくさんの紆余曲折があったようです。監督は1999年に他界しますが、イギリスでは2000年のビデオの取り扱いまで27年もの間、作品の上映が禁止されていました。

ワタシは高校生の頃に初めて観ましたが、このあまりにぶっ飛んだ世界観の衝撃たるや…今でも大好きな作品の一つです。

まずはこの『時計じかけのオレンジ』の魅力を語りましょう。

原作小説『時計じかけのオレンジ』から見た物語の本質。

キューブリックによる映画版のほうが知名度も高く、感想や考察がなされるのもこちらが多いでしょう。

しかし、今日は原作小説のほうからこの作品を眺めていきたいと思います。

アントニイ・バージェスによるこの小説、実は映画版よりも暴力描写が過激だったりします。特に主人公たちは映画よりも幼い設定だし、主人公アレックスが自分の部屋で乱交に励む相手がもっと幼い少女だったりと、結構ハードな設定が盛りだくさんなのです。

つまりあれだけ過激だ過激だと叩かれたキューブリックの映画版よりも原作はインモラルだったりするんです。むしろキューブリックは上手にまとめあげたというわけです。

しかし作者バージェスはこのキューブリックの映画を嫌いだったのは有名な話。

これは単純にキューブリック版があまりにも話題になり有名になりすぎてしまったがゆえに、自分にとっては1つの作品に過ぎなかった本作があたかも代表作へと強引に押し上げられてしまったからだと言われていますが、よくよく考えてみるとある理由が垣間見えるのです。

それがこの物語の本質です。

作者バージェスは

「主人公か主要登場人物の道徳的変容、あるいは叡智が増す可能性を示せないならば、小説を書く意味などない」(原作「時計じかけのオレンジ 完全版 あとがきより引用」)

このスタンスの違いがもっとも良く分かるのが物語のラストなのです。

原作と映画版とのエンディングの違い

そしてキューブリックの映画、アメリカで発売された原作(最初に出版されたバージョン)には21章が削除されていました。しかしこの削除された21章こそ、作者バージェスの語る本質が含まれているのです。

簡単に終盤を説明すると、ルドヴィコ療法により強制的に善を選ぶことしかできなくなってしまったアレックス。こうした自由意志の剥奪を良しとしない反政府団体に悪用され自殺未遂をします。

病院で目を覚ましたアレックスは元の人格に戻っていました。ルドヴィコ療法の問題点が発覚し失脚を恐れた内務大臣は、アレックスに元の人格に戻ったように振る舞うよう頼みます。アレックスは大音量の第九番を聴き、邪悪な笑みを浮かべすべてが元通りになって幕を閉じます。

これが映画版。

しびれるほどカッコイイエンディングだと思います。

一方原作ではこの物語はここで終わらないんです。

新しい仲間たちと再び悪さを繰り返すようになったアレックスですが、次第に自分でもこの生活が飽きてきたことに気が付きます。

そしてかつて悪さをした仲間が立派に仕事をし、結婚をしている姿を見て、自分も暴力に明け暮れた日々から抜け出し、結婚し家庭を持ちたいと願うようになって終わります。

原作ではちゃんとバージェスの意志に沿い、アレックスは自らの意志で暴力や悪の行いから抜け出し、大人に成長して終わるのです。

ここが最大の違いですね。

暴力は過剰だけどそこがメインじゃない、暴力を若者の成長過程の1つとして扱うことでバージェスの原作版はまとめられているのです。

原作の最大の魅力

さて、最後になりましたがこの小説版の最大の魅力を語っておきましょう。

なんといっても面白い一人称

ずっと主人公アレックスの語りで小説は進んでいきますが、作者が若者たちの文化の1つとして「ナッドサット」というスラングを創作しただの語りに独特のリズムを持たせています。

これがほんとに面白い。

ロシア語からインスピレーションを受けたようですが簡単に紹介すると‥

デボーチカ(オンナのコ)

ドルーグ(仲間)

ミリセント(ポリ公)

モロコ(牛乳)

トルチョック(乱暴する、ボコボコにしちまう)

ブリトバ(かみそり)

ガイバー(頭)

などなど、、これが下手な描写よりもずっと物語の舞台を表現しています。情景描写なんてお構いなし。これが荒廃した近未来の中を暴れる若者たちの姿をリアルに感じさせてくれます。

でぃすけのつぶやき

確かにキューブリックによる映画版はものすごい作品です。

あの映像センス、シンセバリバリのベートーヴェンに不気味なインテリア、どこにも無駄のない映像作品として仕上がっています。これがぐんぐんと評価されてしまうのは仕方ないことだと思います。

ただ原作に込められたラストを改めて読んでみると随分と印象が変わってきますね。

悪も善も自分の意志で選べなくてはいけない

強烈な皮肉に満ちたこの作品。是非一度原作を読んでみて新たな魅力を感じて欲しいと思います。

やっぱり面白いな。