右傾化だってファッションに。『凶気の桜』を再読しました。

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若さとは時に激しく凶暴でありながら、あまりにも壊れやすい脆さを同時に持つことができるのです。

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誰にだって若い頃はあり、誰だって若さゆえの苦労や悩みがあったはずです。
今から思えばなんでそんなことを真剣に悩んでいたんだろうって笑い話にできるような問題も、当時はそれこそ眠れないほど深刻だったわけです。たくさん悩み、泣いて、騒いで…そして大人になるのです。

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青春の輝きは一瞬なのさ『凶気の桜』 を再読して。

この作品はヒキタクニオ氏の作家デビュー作品です。後にこの小説を原作とし2002年に映画化されています。
ワタシもそうですがこの映画を先に観てしまったために、小説内は全て映画のキャストできっちり再生されました。そう思うと映画の方はなかなか良いキャスティングでしたね。映画はかなり完成度高いです。

以前ワタシも今まででもっとも影響力の大きかった本を紹介した時にもこの作品はエントリーさせてもらいました。

 

 

あらすじ

怖い大人がいねえから脳ミソのぱさついた阿呆がのさばるんだ。生まれてきてすみませんって思いを味あわせてやる 裏表紙より引用

若きナショナリスト結社「ネオ・トージョー」は夜毎渋谷の街を汚す者たちを掃除していった。薄っぺらな思想と燃えるような衝動に身を任せ、日本をダメにする奴らを片っ端から狩り続けてきた彼らだが、知らず知らずに次第に右翼たち、悪い大人たちの抗争に巻き込まれていってしまう。。

若いからこそ発することのできるエネルギー

ネオ・トージョーというネーミングセンス、設定は非常に面白いものがありました。お揃いの戦闘服に身を包んで世直しに勤しむ若者たちを主人公にするあたりも良かったです。

世直しのつもりで振りかざす正論を暴力によって伝えるというなんとも矛盾したキャラクターたち、そして彼らを利用しようとする悪い大人たちにプロの殺し屋…

この作品の面白さはこの設定のインパクトにあるのかもしれません。
なんというか、漫画を読んでいるような感じに似ています。

山口たちの憤りや怒りはしっかりと理論武装した暴力となり、ナショナリストととして世の中に制裁を加えようと日々息巻いていました。

しかし彼らのその世界は、大人たちから見れば若さだけが持つ束の間の勢いに過ぎないことを見破られていることを知らなかったのです。

若い頃の勢いってありますよね。
今考えたら怖くてできないようなことも平気でやっちゃったりしてたし、勢いだけで随分と馬鹿なこともしました。

何事にも真剣に考えることができたし、怒れることもできました。
今では怒ることも泣くことも真剣にやるにはエネルギーが足りないような気がします。

やはり若さというのは人生最大の財産なのかもしれません

さて、少し話が逸れてしまったところで作品の感想を書いていこうと思います。

映画化の呪縛、映像化の強さ

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とにかく映画の出来がすごく良いです。

窪塚演じる山口の完成度の高さは素晴らしく、彼が演じる姿を観て小説を書いたんじゃないかと思うくらいベストキャスティングです。戦闘服もよりストリートを意識したデザインになっていて、渋谷という街を舞台にハチャメチャやる設定にうまく溶け込んでいました。
この映画の持つストリート感が良い感じでこの作品の世界観をより上手く再現していたと思います。

強いていえば日本語ラップがあまり得意ではないワタシなので、個人的には楽曲はもう一工夫欲しいところでしたが、このラップ感がまた良いバランスを醸しだしていたのでしょう。結局サントラも買ってしまいましたしね‥

もともとこの薗田監督、サントラを手がけたキングギドラのPVを撮影した経緯もありこの作品の世界観に見事に日本語ラップをマッチさせてました。

もう一度言います、映画は良く出来てます。
逆に言うとこの映画がなかったらこの作品は今とは違った評価を受けていたのかもしれません。

 

小説としての読み応えの薄さ

ワタシは先に映画のほうを鑑賞していたので、小説も楽しんで読むことができました。
勿論脳内ではあのキャスティングで再生していましたし、映画ではないエピソードとかも楽しめました。

しかし、これ愉しむ順番が逆だったらちょっと辛かったろうなと思います。

まず「小説」という感じがあまりしません。

良い意味でも悪い意味でも読みやすいんです。
登場人物たちはみんな漫画的ですし、科白は現代口語そのものですので、文章だからこその表現が少ないです。なので小説ならではの楽しみや味わいは薄いのは仕方ありません。

右翼化しきれなかった、もしくはさせなかった若さ

主人公たちは確かに若さゆえに思想の軽薄さが滲みでていました。学校で習ったばかりのことを熱く語って下校する生徒のように見えなくもないその若さに、純粋さを感じるのはワタシだけではないはずです。
次第に大人たち現実が彼らを思想だなんだと言っていられない状況に追いやっていきます。

そして物語は唐突に汚い大人VS抗う若者という分かりやすい構図に落ち着いてしまうのです。

ネオ・トージョーの一人、小菅は強い大人に憧れ、また自分を成長させるためにも嫌っていた組織の中に身を投じます。市川もまた理想の自分を追い求めるあまり大人たちが書いたシナリオ通りの策略にはまっていくのです。
この構図はまさに大人になるための通過儀礼であり、前半で掲げていた理想、思想は所詮若い頃にかかる熱病のようなものだったという感じで置き去りにされてしまいます。

国を憂い、現状に怒ることは何も若者だけができることではありません。

結局はキャラクター設定の一要素として、ナショナリズムを付与させた感じがどうしてもしてしまうのです。

愛国心すら、ファッションとしてこの作品の中では描かれているのです。

作者がこの物語の通奏低音としてナショナリズムを鳴らしていれば、もう少し読み応えが出たかもしれませんし、物語全体の深みもぐっと増すような気がします。

でもいいんです、ファッショナブルでスタイリッシュに映ってれば。


最期に、エンターテインメントとして

右だの左だのと、最近ではちょっとナーバスな話題ですのであまり深く言及はしませんが、今でもこの作品を読んで主人公山口と同じように憤り、怒りを覚える自分がいます。
それは思想という固いものではなく、人としてどうかという単純な話なのかもしれません。

ワタシにしては珍しく辛口な評価をしておいてなんですが、初めて読んだ時から

ワタシはこの青春小説に憧れ、最高に楽しんだ一人です。

小説としての読み応えや文章だからこその味わいなんてものを知らずに最高に楽しみました。
初見のあの時はまだ20歳そこそこだったと思います。
当時のワタシも山口と同じように、熱く、エネルギーを放てたのでしょうか

この作品がきっかけでワタシもよりナショナリズムについて興味を抱きましたし、その後に『愛と幻想のファシズム』を愛読し、『我が闘争』へと続いていくことになるのですが、それはまた別の話ということで。。

国粋主義とか、愛国心とか真剣に捉えている作品ではないので、ただただエンターテイメントとして愉しむのが正解でしょう。ワタシのようにこれをきっかけに興味を抱けば、自ずとその道を探していくことになりますから。

 


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