『虐殺器官』を読んで、今更ながら伊藤計劃を失ったことを悔やむ。
新世代の幕開け・新しい和音を鳴らし損ねた
悲劇の計畫。
非常に惜しい才能をワタシたちは既に失っているということ。
レビューを書く前に速報と言いますか気になる話題が飛び込んできてオリマス。
〈衝撃〉アニメ作品として蘇るようなニュースを喜んで受け取っていたワタシにこんな知らせが…
今後の動向に注目です。
一人称で語られる死の物語 『虐殺器官』
あらすじ
今よりももっと未来の話です。
高度な技術によって戦争の形が変わり、核戦争が勃発し、それでも終わらなかった世界
繰り返される虐殺を止めるべく、米特殊部隊員シェパード大尉は極秘作戦を与えられ戦地に赴きます。
それはある男の暗殺。
その男の名はジョン・ポール。
彼の行く先々で虐殺が起こるという規則性を見つけたペンタゴンのお偉方は何としても彼を捕らえるべくシェパードに指示を出すのだが…
ジョン・ポールと対面した時に語られる虐殺の真相とは?
そして彼が語る「虐殺の文法」とは?…
伊藤計劃が見つめた死の先にある光景。
基本的に主人公であるシェパード大尉の一人称で物語は進んでいきます。
冷静に作戦を遂行していく中で、今まで見た死体たちが登場する白昼夢にうなされる日々。
技術がどれだけ進化しても人の心の弱さはどうにもならないと言わんばかりに。
そうです、この作品は非常に高度に発展した技術やガジェットが登場します。
そして同時に、どこまでも高度に進化しようと「死」は変わらずに存在していて、これだけは決して逃れることはできないのだと改めて宣告されたような気持ちになります。
大量の死に携わり、死体を目の前にしても動じない主人公が最後まで母親の死にこだわっている点からしても
人にとって死の大きさはどうすることもできないのだと暗に示唆しているようです。
物語終盤にかけてあるミッションのためカウンセリングを受けるシーンがあります。
これは戦闘によるPTSDを軽減するため、予め予防接種のように罪悪感を取り除いてしまおうという仕組みです。
そして痛覚すらコントロールし、痛みを思うことはできても感じることのなくなった兵士たち。
ゾンビのように文字通り身体をバラバラにするまで闘う場面で、主人公は痛みや死の恐怖というよりは言葉として「バラバラになるまで戦い続ける」ということに恐怖を抱きます。
作者が観ていた景色は一体?伊藤計劃とは。
恐れ多くもご紹介させていただきますが
ここで伊藤計劃という作家そのものに触れておきます。
伊藤計劃(いとう けいかくとお読みします)
本書『虐殺器官』で2007年に鮮烈なデビューを飾るもそのわずか2年後に肺癌のため2009年死去。34歳という若さで早逝。
病気を発症してからも執筆、ブログなど活動を続け
『メタルギアソリッドシリーズ』のゲームデザイナーである小島秀夫氏との交流など精力的に筆を走らせていたようですが、日々その隣には病魔の存在が彼を脅かしていたようです。
彼が「死」に対して抱いたもの
その深淵を覗き見ているような、そんな気持ちになるのが今作『虐殺器官』であります。
世界観とその見所。
死者たちが現れる白昼夢は詩的で非常にゆっくりとした流れなのに対して、作戦、戦闘シーンの展開は目まぐるしく進んでいきます。
この緩急の付け方は読み応えありました、脱帽です。
慣れない専門用語に発達した軍事技術、なかなか想像するのが難しいかもしれません。
先ほど作者の紹介で少し触れましたが、本人にとって小島秀夫に対する想いは特別なモノがあったようです。
そんな伊藤計劃がどこまで意識していたのかは、読み手であるワタシたちが勝手にあれこれ想像するしかありませんが、『メタルギアソリッド シリーズ』を知っている人はピンとくるかと思います。
そうです、後に公式のノベライズまで手掛けることになる程
作者伊藤計劃はメタルギアシリーズの大ファンであります。(MGSフリークスを自称するほどだったようです。)
ワタシもメタルギアシリーズは好きで何度もプレイしたので、この作品に登場する技術やビジュアルイメージを膨らませることに苦労はしませんでした。
高度に管理された世界が扱う死。
本当の恐怖は「死」そのものにはなく、「死」に対して抱く怯えだということ。
主人公は今まで数え切れないほどの「殺人」を合法的にこなしてきた言わば軍人であり兵士であります。
そんな彼の心の中には生命維持器具に繋がれた母親の命を止めたことが大きな傷を残していました。
たくさんの死者が重なり合う死の国の夢想には、必ず母親が迎えに来るのです。
意識があるのか?ないのか?痛みは感じるのか?
彼は自分の罪悪感と闘い、残された者として「死」と向き合います。
戦争がもたらす心の破壊
「死」というのは誰もが通らなければいけない通過儀礼のようなものだとすれば
その死を与える側に、一時的でも立たされる戦場というのは極めて特殊な環境だと言えるでしょう。
少し話が逸れますが
戦場から帰還した兵士たちの心が壊れてしまう事案は、昔から報告されており、帰還兵がうまく日常に戻れないことは常に問題化されていました。
特にそうした問題が表面化したのはあの泥沼の「ベトナム戦争」が一つのキーポイントになっているかと思います。
日常生活が豊かになり、平和だった故郷と地獄のような戦場とのギャップに戸惑いながら兵士たちはその中で命をかけて闘うのです。
死に対して怯えながら、次第に死に対して鈍感になってしまうのです‥
さらにベトナム戦争では「最前線」という概念が消えた現代戦の先駆けとなった戦争です。
兵士たちは常にゲリラに怯え、次第にどこまでが戦場でどこからが日常なのかを見失ないます。
そして戦場から帰還した時に、心が壊れてしまうのです。
今作でもこの心の損傷に対してちゃんと描かれています。
恐怖を管理し、死を管理する世の中でも
人は殺し合っているという
リアルな皮肉を突きつけられ
ワタシたちは死に対する恐怖を忘れることはできないという真理を得るのかもしれません。
あとがき
今回はミリタリーモノ、近未来ガジェット、メタルギア好きなワタシにとって大切な一冊となりました。
戦闘シーンの描写だけでも読み応え充分で、最早「虐殺の文法」なんて気にしなくなりました…
と思うと、このキーワードである「虐殺の文法」をもう少しきちんと描く必要があったような気がしないでもないですが…
先にも触れましたが、作家・伊藤計劃はもういません。
未完の原稿が残されていたようで、それを同期(この呼び方は正しいでしょうか?)の円城塔氏が引き継ぎ完成させた『屍者の帝国』が事実上遺作となります。
そうです。
残念ながらワタシたちはもう、彼の新作を待ちわびることも、また実際に味わうことも叶わないのです。
ワタシはこの事実を残念だと思いますが、
彼が亡くなっているということがこの作品を神格化させているような風潮があるのも事実です。
実際、ワタシも作家自身の境遇を今回ほど意識してしまった作品はありません。
そのことが正しいのかどうかは分かりませんが、彼がもういないということだけは間違いない事実です。
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