映画『マイ・バッハ 不屈のピアニスト』が音楽を続ける意味を教えてくれる。

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映画『マイ・バッハ』を鑑賞。

予告編でずっと観たいと思っていたのですが、Amazonプライムに登場してました。

だいたい「ピアノ好き」、もしくは「音楽経験者」がこの手の作品を好んで鑑賞するのでは?と思うのですが、その予想のとおりワタシは真剣に見入ってしまいました。

まだ観てないって人も、一度観て一緒に共感したい人も読んでほしい。

この感動を表現したい。

自分なりにこの映画の見どころをまとめます。

映画『マイ・バッハ 不屈のピアニスト』【ネタバレ注意】音楽を奏でる意味とは?

結論から言うと

感動よりも先に驚きがこみ上げました。

このジョアン・カルロス・マルティンスという実在するピアニストの生き様にです。

自分だったらどうするだろう?

そう思わざるを得ない展開が劇中で何度も起こります。

そしてその都度、本作の主人公ジョアンは自分とは違う強靭でタフなほうを選ぶのです。

毎回毎回。

もう休みなよ、と思うほど。

あらすじ

幼い頃からピアノが得意だったジョアンは、瞬く間にとその才能を伸ばし20歳でクラシック音楽の殿堂として知られるカーネギーホールでの演奏デビューを飾り“20世紀最も偉大なバッハの奏者”として世界的に活躍するまでになる。
一流の演奏家として世界を飛び回っていたジョアンだったが不慮の事故により右手の3本の指に障害を抱えてしまう。ピアニストとして生命線である指が動かせなくなった彼は不屈の闘志でリハビリに励み再びピアニストして活動できるまでになる。ついに復帰を果たし自身の代名詞ともいえるバッハの全ピアノ曲収録という偉業に挑戦をしていた彼にさらなる不幸がのしかかる…

ジョアン・カルロス・マルティンスとは?

1940年6月25日生まれ。
8歳から始めたピアノで才能を開花させ13歳でプロの演奏者として活動を開始。 バッハの演奏に置いて20世紀の最も偉大な奏者として世界的に活躍する。

おそらくこの日本で一躍有名になったきっかけは、2016年リオデジャネイロパラリンピックの開会式ではないでしょうか。

ブラジル国旗掲揚に合わせてブラジルの国歌をピアノ演奏した人です。そしてそのあと2020年には『奇跡体験!アンビリバボー』で特集されました。

つまり、本当に実在する偉人なのです。

音楽を愛するすべての人へ『マイ・バッハ』の見どころを語りたい。

音楽経験者で、特に一つの楽器にある程度の期間を取り組んだことがある人で、この作品を観ていない人がいたら是非観てほしい。

そんな想いでここから最後まで書き綴ります。

度重なる不運・絶望とどう向き合うべきか?

天才ピアニストとして順風満帆にデビューしたジョアン。

まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでキャリアを築いていくかと思ったら、まさかの事故で右手の指が動かなくなります。

ワタシはこの映画を観るまで、病気が原因かと思っていましたが

まさかのサッカー練習での転倒って、、あまりにあっけなく、あまりに唐突。

運命って案外こんなもんなのですね。

そしてそこからジョアンの「執着」が開花します。

指にギブスをはめたまま高速打鍵を続けるから、鍵盤は血まみれ。

無理を重ねるから心身ともにボロボロ。奥さんと子供には逃げられついに表舞台から身を引きます。

それでも「音楽」への情熱は消すことができず、ピアニストとしてカムバックするだけでなく、バッハの鍵盤音楽のほとんどを録音するという偉業も成し遂げている。

通常ならここでハッピーエンドなんですが、彼はここから更に神に試練を与えられます。

暴漢に襲われ、完全に右手が動かなくなり、、

じゃあ左手で演奏しようってことで、演奏活動を再開するも今後は左手が動かなくなる。。

もうこの時点で諦めますよね。

十分がんばったよ、って。

でもね、ジョアンは諦めない。

両手が動かなくなり、ピアノは弾けないけど音楽はできる

というもはや狂気と紙一重のポジティブさを抱き

マエストロとして再起するのです。

もうね、開いた口が塞がらない。

どんだけタフなんだ。

ダイ・ハードか。

血反吐、血まみれ、殴られ、手を引きずりながらバッハを奏で続けるこの男。

ここでこの作品のイントロが蘇る。

「芸術は痛みによってのみ完成されるーオスカー・ワイルド」

これのことか。

音楽をやる意味を、この映画は教えてくれる。【まとめ】

この映画の演奏シーンで流れる楽曲はすべて本人の演奏だそうです。

是非、この情報を知ってからもう一度鑑賞してください。

また違った感想を抱けると思います。

ワタシはこの作品で教えてもらったことがあります。

これまでたくさんの音楽関連の映画や書籍も観てきましたが、この映画ほどストレートに言葉で伝えてきた映画は初めてでした。

それはジョアンがまだ学生のときの先生が伝えた言葉です。

「バッハの曲はすべての演奏者のためにある。おかげで、ピアノも売れる」

これは、先生が自分の解釈で弾くということについて説明をしたときのセリフです。

もはや何百年も前から存在してきたバッハの作品を、上手に弾ける人は無数に存在するわけです。

そんな中で自分が弾く意味ってあるんだろうか?って思うことがあるかと思います。

これはクラシックを習ったことがある人はみな一度は思うことなんじゃないかな。

だから、自分が音楽をやる意味を手っ取り早く感じたくてPOPやROCKを自分なりにやってみたくなるって。

かくいうワタシもそうでした。

だけどこのセリフは真髄を突いてきていて、この年齢になったからなのか本当に深く刺さりました。

音楽を志す際に、プロの演奏を聴いて、自分と比較して、、上手に弾けない自分が音楽を続ける意味って何なのだろう?って悩みが常に横たわっていて…

だけど、自分が弾く意味は

自分が解釈することで生み出せるのです。

音楽を楽しみ、自分なりに解釈し奏でること。

音楽を続ける意味は、これに尽きるということを教えてくれます。

もちろん、そこから極めようと思えば「痛み」は避けられない…かも。

サントラおすすめ。


João, o Maestro – Trilha Sonora Original do Filme