インフルエンザで隔離されたサラリーマンが直面した悲哀

2019-04-13

インフルエンザで寝込みました。

バカは風邪引かないとか、加湿さえしっかりしてれば大丈夫とかたかをくくっておりましたが、子どもたち経由で感染は拡大し、結局終わってみれば一家全滅。。

いつもは子どもたちだけ収束するんですが…やはり今年のインフルエンザはそれだけ強力だったんですかね。

で、困るのがこのインフルエンザ。

一度感染すると出勤停止期間が生じてしまうんです。

まあ普通の感覚を持ってたら理解はできますよね?周囲にインフルエンザウィルスを撒き散らすわけにもいきませんからね。

しかし子どもたちの看病から自分自身の感染により職場から長期離脱を強いられることになると普段考えなくてよいことまであれこれ考えてしまいどんどん不安に苛まれていき……

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インフルエンザで社会から隔離された!突然空いた時間で考えてしまった将来と不安。悩み事が頭から離れないときは…?

ということで得意の心配性が炸裂した一週間。

入社してから初めてですかね、こんなに休んだの。

こうなると止まらなくなるのが「将来に対する不安」

最初は看病で、途中は自分も発熱したのであれこれ考える暇もなかったのですが治ってきてからの自宅待機中が問題です。

熱もないし、割と元気にもなってきたけど外には出られない。

こうして色々と考え始めてしまったのです。

例えば「仕事」

一番ショックというか考えさせられたのがこれ。

一週間もの間自分が不在でも回り続ける仕事。そりゃ多少はバタバタしたようですがそれまでは自分がいなかったらさぞ業務に支障をきたすんじゃなかろうか?と心配したもんです。

しかしいざ自分が抜けてみてもなんかあまり影響ない。。

これぞサラリーマンの悲哀ですかね。。

仕事だけが自分の存在意義だったようなとこもあるサラリーマンの日常。しかしいざその仕事から離れてみて本当の自分の存在意義を知る、みたいな。

こういうのってただの連休じゃ味わえないんですよね。突然の、不意の連休っていうのが大事。こうやって不本意ながら自分自身を見つめ直す機会が重要なんです。

今回はそれを知れただけでも価値のある離脱だったわけですが、その代償としてまあ悩みが尽きない。

仕事を変えたところで結局この問題は解決しないでしょうしね。

じゃあ誰にも雇われない、完全に自分がいないと回らない仕事をすれば良いっていう単純な発想じゃ現実的に生きていけないわけで。

そもそもそんな仕事ないわけで。

 

 

あ、あった。

 

 

そう、父親。

こりゃ専業主夫になってバリバリ家事をこなすかな。

悩み事が常につきまとう超ストレス状態のときは、こうやって楽観的になることも必要ですかね。

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悩みは時に人を成長させるけど、悩み過ぎは人を停滞させてしまう。

ワタシは特に心配性。

悪い方悪い方に物事を考えてしまい、常に最悪の事態を想定してしまいます。

職場では割とこのネガティブ思考も重宝されるんですが(ミスに対して慎重なので)個人的には非常に厄介。

やってみれば案外大したことないのに、それまでが悩み過ぎてほんと落ち着かない。

多分一緒に過ごす家族だって落ち着かないだろうなって思います。

悩み事が解決した時、人はこれまでの悩みを嘘みたいに忘れるし、なんでこんなことにウジウジと時間を費やしていたのかと笑い話みたいに捉えられるようになります。

それは1つ成長だと思うし、そこに至るプロセスは絶対に無駄にはならないとは思います。

しかし悩み過ぎて動けなくなってしまうとちょっと大変

その悩みばかりに気を取られて今を大切に生きてない感じが出てしまいます。

これではもったいないですからね。

とにかく動いてみること

やった後悔、やらない後悔ってありますが、やった分だけ少なくとも経験値にはなります。やらなければ結局自分の想像の範囲内でしかない。

こうなりゃやってみるしかないか。。

人間、その場に留まり続けることなんて出来ないんです。命ある限り現状維持は不可能です。

だったら色々と動いてみるしかないのかな?って。

例えそこに楽園はなくとも。

悩み事と常に生きていく生き方は決して面白くありません。色々と試しながら生きて行きましょう。考えているだけでは分からないし、悩んでるだけでは答えは出ません。

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